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主にむかって新しき歌をうたえ。地の果から主をほめたたえよ。海とその中に満ちるもの、海沿いの国々とそれに住む者とは鳴りどよめ。 イザヤ書 42:10
A・B・シンプソンの生涯 偉人というものは普通、名もなくこの世に生まれて来るものである。エマソンは、子供がそばに来ると、どんなわんぱく小僧でも、敬意をこめてその子の頭の上に手を置いたものだった。彼はこう言った、「私が未来の大統領の頭をなでているのではないと、だれが言えようか」。昔、ある夏の日の午後、元気のよい少年たちが、エッサイの家の裏庭に、豚飼い同様の卑しい仕事をしていた羊飼いの少年と遊ぶために集まって来たが、少年たちがもし、イスラエルの歴代の王の中でも最も偉大な王となるべき者と遊んでいるのだということを、少しでも見通すことができたら、あれほど自由に、エッサイの末っ子を突き飛ばすことはできなかったであろう。しかし、それを見通すことができなかったおかげで、近所の子供たちは、すばらしく楽しい日々を過ごすことができたし、ダビデもまた、なんの制約も受けずに、正常な少年時代を過ごすことができたのであった。これが、ご自分の聖徒や英雄たちを準備されるときの神のなさり方である。彼らは、「イスラエルの前に姿を現す」日が来るまで、世界の誰からも認められずに、ほうっておかれるのである。 小さなアルバート・シンプソンが、どのような環境の中でうぶ声をあげたかについては、私たちはただ、彼の両親はだれだったかということと、その日は非常に寒さのきびしい日であったということ以外は知ることができない。彼は、一八四三年十二月十五日に、カナダのプリンス・エドワード島にあるベイビューで生まれたのであるが、プリンス・エドワード島では、十二月といえばどの日も非常に寒いのである。 彼のうぶ声(それは不思議な、はっとさせる音である。これに比べうる音は、自然の中には何もない。またそれは、人間の才能を何も必要としない)が響いたのは、ストーブの燃えている、質素なへやの中であった。赤んぼうの父親は、そのへやを、外の寒さから守って、ここちよくしようと、いっしょうけんめいだった。父親はジェームス・シンプソンといって、よく働く商人であったが、また、製粉や船大工の仕事もしていた。 母親のジェーン・シンプソンも、赤んぼうの泣き声を聞いて微笑を浮かべた。赤んぼうが男の子だということがわかったとき、母親はたぶん少し泣いたかもしれない。しかし、それは悲しみの涙ではなく、うれし泣きであった。初めての子も男の子だった。その子は、やっと床の上をよちよちと歩きはじめ、「おとうちゃん」「おかあちゃん」が言えるようになったとき、死んでしまった。そして母親の胸の灯は消えてしまったのである。ほかにも、ウィリアム・ハワードとルイザという子供がいたが、消えた灯はつかなかった。そこで彼女は、死んだ子の代わりになるようなむすこをもうひとり与えて下さいと祈った。彼女の願いは、その子が牧師か宣教師になることであった。とは言え、スコットランド人が普通するように、その祈りの幅を広げてこう付け加えることも忘れなかった、「もしそれが主のみこころであり、また、その子が成長するまで生きながらえ、そして、その気持ちになるならば‥‥‥」。このように祈ることは、神の主権をあまり細かく分けてしまうことにならないであろう。要するに、神が人間の提案に耳を傾けて下さることはまちがいないのだから。 さて、この子にどんな名前をつけようか。ええと----。無骨者のジェームズ・シンプソンは、めがね越しに赤んぼうの方を見てから、想像力を働かせることもせずに、この子をアルバートと呼ぼうと、静かに言い渡した。ジェームズ・アルバートというのは、死んだ子の名前であった。しかしアルバートはよい名前であるし、それにあれこれと考えずにすむ。そこでアルバートに決まった。従順な妻は、それに同意してから、おそるおそる、「二番目の名前がいりますね」と夫をうながした(注-アメリカ人は名前を二つつけるのが普通である)。「聖書に出てくる名前がいいと思いますわ。たとえば、おとうさんが賛成して下さるなら、ベンジャミンというような」。たぶん彼女は、このおとなしい夫、善人で、働き者で、カルヴィニズムの大きな本を読み、怒らないことで有名なこの夫に、なぜベンジャミンという名を選んだかは言わなかったであろう。彼女は、ヤコブのことを思い出していた。ヤコブがベンジャミン(注-日本語の聖書ではベニヤミン)をいつくしんだように、この子が彼女のベンジャミン、すなわち、彼女の右の手となってくれることを望んでいたのだ。こうして名前が決まった。アルバート・ベンジャミン・シンプソン、これがこの子の名前であった。 さて、ここで、歴史は長い間に私たちに何を教えるかを見るのもよいだろうと思う。たとえば、もし母親がりっぱだと、父親というものはどうもぱっとしないものである。何もかもよいというわけにはいかないものなのだ。男の子がすぐれた母親を持っているなら、彼はどうにか困難に打ち勝ってゆくことができる。女性はこの事をよく知っているが、ただ男性の前ではそうと言わないだけなのだ。ハンナはつつましくも床を見て、何も言わなかったが、サムエルの中に自分の素質があるかを捜していたのである。----そしてはっきりとそれを見いだしていた。マノアの妻、ゼベダイの子の母親、また、モニカ、スザンナ・ウェスレー----これらの母親が私たちに教えてくれる事は皆、すべての科学者が知っている一つの事実----すなわち、偉大さは母系によって伝えられるのではなかろうかということ----である。男性は立派な声を持っているし、なんでも知っているように見える。そして、子供に知性のひらめきが少しでも見えると、「私に似たのだ」という。しかし、伝記の中では、男性の誇りは、もののみごとにたたきつぶされてしまうのである。 A・B・シンプソン博士についても、この事に関するかぎり例外ではなかった。少年時代、また成長してからのちも、母親のジェーン・クラーク・シンプソンを離れては、彼のことは決して説明できないのである。彼女はむすこに翼を与えたのだ。彼女は、スコットランドのりっぱな家柄の出であった。その家柄をたどれば、あのはなばなしいスコットランドの黄金時代にまでさかのぼることができる。それは、プロテスタントの人々が、激しい迫害の中で自分たちの信仰を守り続けて戦った時代である。敏感で感受性の強い彼女は、空想家で、その小さなからだに似合わずたくましい精神の持ち主であった。生命の法則に従って、この偉大な魂----敏感で、詩的で、美を愛する、高尚な----は、母からむすこにまっすぐに伝えられた。遺伝の奇跡によって、母親の大志、大望、高く舞い上がる想像力は、再び彼の中に見いだされたのである。上流社会の洗練された空気になれていた彼女は、カナダの農家の妻としての単調な生活を、決して自分のものとして受け入れなかった。詩的センスを持ち合わせない夫や、彼女の血を引いた子供たちにとって、彼女は確かによい案内役であったろう。しかし、時には、あまりにも単調でたいくつなその人生に気が狂いそうになることもあった。失望して悲しみのあまり夜中に長いことすすり泣いている母親の声を、よく眠っているとばかり思っていた子供たちが聞いたのはそんな時であった。しかし、これは、それほどたびたび起こった事でもなく、また、長く続いた事でもなかった。と言うのは、彼女の空想が高まるにつれて悲しみは薄らぎ、親しい友が、氷に閉ざされた彼女の家を訪れてくれたからである。詩が彼女の友であった。彼女はほとんどすべての詩(りっぱな婦人が読もうとしないような悪徳の詩を除いて)を読んでいた。よい詩はたくさんあった。ミルトン、スコット、クーパー、ドライデン、ポープ、トムソン、その他多くの詩人の作品を彼女は愛していた。そして、気がふさいでくると、慰めを求めて彼らのところに行くのだった。そして彼女は夢を見ていた。自分が望んでいた人生、自分がなりたいと思っていた者に空想の中で生きていたのである。 父親のジェームズ・シンプソンがよい人間でなかったというのではない。それどころか、彼は全くりっぱな男であった。人々の言うところによれば、彼は「清潔で、なんでもよくできて、働き者」で、そのうえ信仰があった。たぶん彼はかわいい妻よりも深い信仰を持っていたであろう。彼は毎朝祈らないことはなかった。安息日に笑った子供に戒めのむちを加えなかったことはない。小教理問答やカルヴィニズムの五つの要点を信じていた。ところが、想像力となるとだめだった。では、詩は? まあ詩も悪くはない、特に、韻律の美しい詩篇はすばらしい----しかし、彼は忙しかった。ことにバクスターの「聖徒の安息」やドッドリッジの「立ちて歩め」などから日々のページを読んだあとでは、詩を読んでいる時間はほとんどなかった。しかし親切な彼は、夕方家に帰って来たとき、妻がミルトンの「全きわざ」を前に広げて赤んぼうのおもりをしているのを見ると、優しく楽しそうな顔をするのだった。彼は静かな人生を過ごし、家族を立派に養い、人生の半分は、長老教会の長老であった。ルイザ・シンプソンは晩年に父のことを思い出して、「父の人生には、太陽の光があった」と書いているが、アルバートは明らかに、その光を見なかったらしい。それゆえ、彼の描く父の姿は、確かに、太陽の光で特徴づけられてはいなかった。彼はほかの事をもっとはっきり覚えていた。厳格なしつけ、いつ果てるともわからない、日曜日午後の教理問答の練習、それは「人生のおもな目的は何か」という哲学的な難問で始まり、「主の祈りの結びの言葉は私たちに何を教えるか」という質問で終わるもので、百五の質問からなる二十四ページの本であった。それが小教理問答であった。しかし、外では太陽が花々の上に優しい光を投げかけているというのに、シンプソン家の薄暗い客間で、一列に並んで、この問答をくり返さなければならない少年少女にとっては、それが少しも「小」だとは思えなかったであろう。 |
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