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生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって、生きているのである。 ガラテヤ人への手紙 2:20
A・B・シンプソンの生涯 ノックス教会を牧会すること八年にして、シンプソンは、新しい場所における働きを思って、心が波立ちはじめた。カナダやアメリカの各地から彼を招く声がかかっていたのである。中でも特に彼の気持ちを動かしたのは、ケンタッキー州のルイビルにある大教会、チェストナット街教会からの、牧師になってほしいという要請であった。彼はそれを承諾した。 チェストナット街教会は、北部長老教会に属していた。ところで、他の国から来た旅行者はその内幕を聞いたら驚くだろう。例の南北戦争に勝敗がついてから、もう何年もたっている。そして、グラント将軍が拍車をガチャガチャ言わせながらもったいぶった態度で自分の剣をリー将軍に返し、リンカーンは全アメリカの人々に惜しまれながら血の中に倒れ、灰色の軍服を着た兵士たちは銃を置いて、ジョージア州やテネシー州の川床にさつまいもを植えるために故郷に帰り、南部諸州の上院議員は再びワシントンに集まって、南部人の栄光のために議事を進めて国会の賞賛を浴び、国は再び正常な状態に復していた。それなのに、教会内では依然として南北戦争の最中なのである。この世は戦って忘れてしまう。しかし神の民は、戦って、覚えているのだ。 シンプソンは、この土地の状態をよく調べたのち、静かに和解運動を開始した。まず彼は、ルイビル市内の各教派の牧師全部に、この市の霊的生活のために非常に重要な事柄についていっしょに考えたいと思うから、チェストナット街教会に集まってほしいと書き送った。こうして彼らが集まったとき、彼は、「どこか中央の公会堂で、市内の全教会連合のリバイバル集会を開こうと思いますが」と言って、その計画を話し、出席している牧師全部に、陰で尽力してもらいたいと訴えた。そして、このときもしかってにしゃべり合うことを許せば、たちまち彼らは騒ぎだして、この集会が流れてしまうことを知っていたので、ひと言も語る機会を与えずに、すぐその場でひざまずいて神にリバイバルを祈り求めることを提案した。これは成功だった。集まった牧師たちは皆その場にひざまずいた。こうして、この運動の第一段階は、勝利のうちに始まった。祈っているうちに火は熱く燃え上がり、ただひとりを除いてすべての牧師が、その場にくずおれた。その男は口をきっと結んで歯ぎしりをし、帽子を手に取ると、永久に出て行ってしまった。それでよかったのだ。残った者たちは皆、霊的に高揚されて、彼らの南北戦争を、これ以上血を流すことなしに終わらせ、キリストのもとに魂を連れて来る準備が心の内にできたほどだった。涙と微笑と拍手のうちに、幸福な牧師の一団はそこに集まって、冬のリバイバル集会のための計画を練った。 そこに集まった人たちは皆、有力な人々であった。昔、バプテスマのヨハネがそうであったように、彼らの名には、大衆をひきつけ、その注目を浴びることのできる磁力があったのだ。その最も有力な人々の中に、メージャー・ホイットルがいた。彼は柔和な人格者で、力ある説教者としてよき賜物を持ち、人々の魂のためには、自分の身がやせるほどの情熱をいだいていた。ルイビル市内の牧師の間から、冬期のリバイバル運動のための講師として彼が選ばれた。集会場としては、市の中心位置に大会堂を持つ図書館が当てられた。何週間もの間、毎晩毎晩二千人以上のあらゆる階級の人々----下は貧民街の人々から上は大邸宅の人に至るまで----が、いのちの言葉を聞くためにここに集まってきた。ホイットルが説教し、P・P・ブリスが歌った。ルイビル市全体がこのために動かされ、何百という人が回心した。この大集会の結果、各教会に受け入れられた人の数はおびただしく、ことに、このリバイバル運動に重要な役割を果たしたチェストナット街教会に加えられた人は、百人を下らなかった。 この運動が成功したことは、シンプソンにとっては一つの新しい啓示だった。それまでの彼は、教会内の人間であり、体面を保つことの中に、宗教的ふんい気を盛り上げようとしてきたのだった。牧師というものは、かつて彼が偉そうに「牧師の務め」と呼んだところの事をする者であって、彼の正しい関心の領域内にはいって来た人々のために働きはするが、目新しいものの上にかがみ込んだり、聖服の重々しさに妥協させたりするようなことは、たとえどんな事でもしてはならない者なのだった。シンプソンは、教会活動として認められた枠内での、正しい仕事のためになら、喜んで身を粉にして働いていたのだ。しかし、彼はペテロのように、教会の育成に関してはまだ子供であったため、神は形式よりも人を愛されるということを彼が理解するためには、特別の啓示が必要だった。神の愛といつくしみの対象となるものは、長老会議によって作られる規則ではなく、「律法なしに」生まれた人々なのである。ルイビル市にリバイバル集会を開いたのは、彼に与えられた幻によるものだったとは言え、この集会自体が、その幻を非常に拡大したものであった。このとき以来、シンプソンは、もはやこれまでのシンプソンではなくなっていた。自分ではそれを意識しないうちに、大衆伝道者になっていたのである。幾百万の人間の叫び声、囲いの中にいない迷える羊の悲痛な声が、彼に迫って来た。このときから、彼は一つの教会の牧師ではなく、彼を必要とするすべての者、自分の教区の中だけでなくすべての失われた世界にある者のための牧者だった。 しかしながら、彼の全世界伝道の夢が実現する前に、A・B・シンプソンの生命の中には、霊的な準備が必要だった。ひとりの人間がいかに偉大になりうるかということは、注目に値する。福音のために、彼はどんなに忠実に労したことか。実際、教会内の仕事を達成するために、彼はどんなに多く顔を出したことか。しかしなお彼は、聖霊に満たされた神の聖徒にだけ可能な、力ある奉仕の段階には、遠く及ばなかった。シンプソンは、この事をはっきりと意識していた。自分の知識はなんの慰めにもならなかった。メージャー・ホイットルに近づくまで、彼は自分の内にごう慢と自我だけが働き、キリストの力がほとんどなかったことを、知らなかったのである。しかし、毎晩毎晩この偉大な伝道者の説教を聞いているうちに、彼の心の中には、言い知れぬ不安が襲って来た。彼の命の中に遺伝されている、霊的私生児としてのアダムの血、すなわち、自己能力、自己愛、自己確信、自己追求などの自分の姿を見たとき、彼は悩んだ。ホイットルには何かがあった。ある力の要素があった。キリストのあるかおりがあった。ある臨在感があった。それらのものが、まるで神からの幻のように、若い優秀な長老派の牧師の姿を溶かし去ったのである。その代わりに、無数のしみや傷が現れてきた。それはいらだたせ、苦痛を与え、しかもキリストを汚すものであった。何よりも悪いことに、彼の内にある虚無感、霊的に窒息してしまいそうな絶望的な感覚が彼をさいなんだ。自分は聖霊に満たされなければならない。 彼は性格として、何もかもただ神おひとりとの間で解決しなければ気がすまなかった。初めから彼は、孤独な大わしだったのだ。他の者たちは彼を感動させることはできた。彼の内に霊的な願望を起こさせることはできた。しかし、危機が来たとき、ヤボクの渡しのこちら側にただひとり残ったヤコブが夢中で神とすもうを取ったように、彼はただひとりで神に立ち向かわなければならなかった。彼の闘争は、全く彼自身の内部の闘争であった。外見はいつもと同様、均整の取れた、才能ある、尊敬されている牧師であったが、その内部において彼は、自分を臨終の床にある、孤独で見捨てられた男のように感じていた。ホイットルの集会が終わってから、数日後のことだった。だれひとり自分を理解してくれる者も同情してくれる者もなく、彼はひそかに自室に閉じこもった。彼のゲッセマネの時が来たのだ。古いアダムは彼の上に重々しくのしかかり、まるで圧搾機の中のオリーブのように、彼を押しつぶそうした。彼は神の御前に完全に降伏した。「朝の光がさし込む前に、文字どおり私は死んでいたかもしれない」と彼は言っている。確かにそれは、文字どおり彼にとって死であったのだが、古き人、つまり自我の自己主張の死だったのである。神は彼のささげ物を受け入れ、それまでの彼の全く知らない、夢にも思わなかったような方法で彼を祝福された。そのとき以来、彼は別の人間になったのである。彼の言葉で言えば、「十字架につけられ、キリストにささげきった生涯」を、そのとき以来、送るようになったのである。 その夜の事は、ただ神とシンプソンとの間に起こった事だった。この、神の全き臨在の中において彼が達成した、自我の死という力強い働きが暗示するものを、彼が全部知りえたかどうかは疑問である。しかし、そのときから事情は一変した。大わしはなわめを解かれ、いまやその翼を広げようとしていた。それは、御霊における大勝利であり、きたるべき天がける飛翔を約束するものであった。 |
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